就業規則の私法的効力?

当社では法改正に対応するため、先般就業規則の改定を行いましたが、その改訂版就業規則を労働基準監督署には届け出ませんでした。監督署に届け出ないと無効だと聞いたのですが、本当でしょうか?
就業規則の私法的効力の判断は行政の権限外 ですので、最終的には裁判所で判断されます。 労働基準法は、就業規則の絶対的記載事項を 規定し(89条),届出や意見聴取についての手続き を規定します(90条)。 これは公法的規制です 。即ち、これらは使用者の義務であり,この義務 違反は国家による刑罰権の行使の対象となります。 従って,これらの義務は使用者 の国家に対する義務 であり,就業規則の他方当事者である労働者 に対する義務ではありません。 労働基準法に違反する就業規則が当然に私法的 効力において無効となるものではありません。 実際にも,労働基準法で義務付けられている労働基準 監督署長への届出をしなかったとしても,私法上の 効力として当然には無効とならないというのが, 労働契約法の解釈です。 同じく,絶対的記載事項が記載されていないとしても 就業規則全体が当然に無効となるものではありません。 また,限度を超える減給の制裁がなされたとしても, 減給自体が当然に無効となるものではなく,労働 基準法を超える限度でのみ無効とされるという 解釈もあり得ます。 労働基準監督署は,行政として,労働基準法違反などの 違法を取り締まる機能を有します。 これは公法に基づく 権限です。然し乍ら「行政の民事不介入」と言われる ように,私法的効力について行政が判断することは できませ ん。三権分立においては法律の解釈適用は 裁判所の権限であり,これを行政が行えば権限逸脱 になるからです。このため,行政が権限を有するのは, 届出義務違反,絶対的記載事項の欠如といった「違法」 を是正することに限られます。 この他に行政サ ービスとして民事に関与することが ありますが,これは少なくとも法律による強制力を持つ ものではなく,あくまでも「サービス」として の限度です。 使用者が一方的に作成変更できる就業規則が労働者を 拘束するかは,就業規則の私法的(民事的)効力の 有無の問題です。就業規則により労働者が私法上の 義務を負うかが問われます。 これは就業規則の合法・違法とは別物であり,就業規則の 有効・無効の問題です。 就業規則の文面では合理性が,適用では権利濫用が 問われることが一般的です。このことが労働契約法の 「合理的」や「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上 相当であると認められない場合」といった表現となって, 使用者が作成する就業規則の有効性を法律によって 制約することになります。就業規則変更の合理性に ついて,労働契約法 10条が「労働者の受ける不利益 の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則 の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他 の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なもの であるとき」とするように,この私法的効力はかなり 実質的な判断とならざるを得ません。 権利濫用の判断も使用者側,労働者側の個別事情が 大きく影響します。 行政はこのような判断を得意とするものではありません。 このため,労働基準監督官らからの指導においても, 有効・無効の結論を示した明確な判断がなされることは まずありません。多くの場合は,合法・違法の判断基準 を示したうえで,当事者の話合いによる解決を求めるに 留まります。 使用者が就業規則の変更等をなす場合には,違法と ならないように配慮することは勿論のこと,有効となる ように留意して行うことが求められます。 私法的効力の問題としては,労働基準監督官などの 外部を気にすることよりも,当事者である労働者と 話し合うことによって,紛争を起こさない,有効となる 根拠を持つようにする,といった観点で臨むことが 適当です。
(2016年9月27日)